数学は捨てようと思う。
 両手の親指をもみ合わせながら考えた。
 数学は捨てようと思う。
「なんていうかさ……私の人生の中で数学が必要だったときって、買い物するときだけなんだよね。それ以外で使ったことはあるかもしれないけれども、色濃く記憶には残っていないし」
「まあ足し算引き算重要だものな」
「消費税の切り捨てなんて、小数点に掛け算まで混じってるよ」
 買い物とは人生の神秘だよね、とそのままずるずる丸くなった。しんとした空気がほっぺたにあたった。街灯からこぼれた光が、ぽとぽととこぼれて道端を照らしている。
「コメントが欲しい」
 あんまりにもしんとしているものだから、逆に怖い。端的に言うのであれば、ツッコミが欲しい。
 だというのに俊くんは私の隣でつったって、ぷかぷかタバコを吸うばかりだ。
「別に特に思いつかん」
「いつもの触れば切れるワイルドさはどこに行ったの」
「オレにそんな持ち味があったとは、人生二十歳を過ぎて初めて知ったな」
 二十三にして、衝撃の事実だ、と棒読みに呟きながら、ずるっと一つ鼻をすすった。
 吐き出す息は、僅かに白い。
「大学、落ちたらどうしよう……」
 ぶふっとなぜだか笑われた。
 そうした後で、さすがの俊くんもこれはよくないと気づいたのか、はたはた片手を振りながら私を見下ろした。
「悪い、今にも死にそうな声だったもんだったから」
 正直理由になっていないと感じた。
「いや、意外とよかったぞ。お前センスあるな」
 面白かった、と頷く俊くんに、一体なんのだとつっこむ気力もそろそろ消え始めてきた。
 そんな私を見て、俊くんは自分に巻いていたマフラーを「あちい」と一言呟いてひっぱったと思ったら、ぼさりと頭の上に落とされた。
「おぶ」
「別に大学落ちても死にゃあしねえから安心しろよ」
 ぼすぼす、とマフラーごとチョップされた。
 いやしかし、それはおそらく。
「他人ごとだから言えるセリフなのではないでしょうか」
 自分事では、きっとそんなふうには言えやしない。
 でもこれは子どもみたいなセリフだと思った。
 言った後で後悔したのに、お腹の中の不安な気持ちはまだまだ出てくる。ぐあ、と唐突に悲鳴をあげて小さくなりたかった。事実なっていた。冬のアスファルトは、お尻が冷えてちょっと痛い。
「そりゃあな」
 そりゃそうだろな、ともう一回素直に納得する俊くんが少しだけ意外だった。
「晴子、お前ターバン似合うんじゃねえか?」
 自分のマフラーでぐるぐる巻きにした後、げらげらと腹をかかえている。
「俊くん、酔ってる?」
「いや素面だが」
 ヤンキー座りで正面を見据えてくる幼馴染を見ていると、なんとも言えない気持ちになってくる。
「まあ一ヶ月後だ」
「一ヶ月なんてすぐだよ」
「それに十二もかけて一年だって考えると案外長い気もしてくるな」
 しにゃしねえ、しにゃしねえ、とげらげらと俊くんは笑っていた。

2014/06/19